• 米軍最強の「アメリカンスナイパー」は何故殺害されたのか、その裏側に迫る

    

    米軍最強の「アメリカンスナイパー」は何故殺害されたのか、その裏側に迫る

    昨年アメリカで公開されて大きく話題となった、クリント・イーストウッド監督作の伝記映画であるアメリカンスナイパー

    あまりの人気さから、戦争に関連する映画では1998年に公開されたプライベートライアンを超え、今年3月には興行収入が3億ドル(約360億円)を突破しています。

    アメリカンスナイパーは米軍最強のスナイパーと呼ばれていたChris Kyle(クリス・カイル)氏による自伝「ネイビー・シールズ最強の狙撃手(原作はこちら)」を元に制作された映画で、そこには壮絶な半生が描かれています。

    ネタバレとなりますがChris氏は米軍を除隊して数年後、共に戦ったはずの元兵士によって撃たれ、不幸な事に38歳という短い人生でこの世を去ってしまいます。

    Kyle氏の死亡は映画内でも最後に知らされますが、事件の詳細については描写されていません。

    これはKyle氏の家族への影響を考慮したことや、Kyle氏を殺害したEddie Ray Routh氏を美化したくなかったと、アメリカンスナイパーの映画脚本家であるJason Hall氏が述べています。

    この事件ではKyle氏と同じく退役軍人であるChad Littlefield氏(35)もRouth氏によって殺害されており、その日は3人で射撃場に向かっていました。

    しかし、ここで疑問が生じます。

    何故彼らは仲間であったはずの元兵士から殺害されてしまったのでしょうか。

    Routh氏が二人を殺害するきっかけは一体何であったのか、その理由は最近行われた裁判にて明らかになっています。



    Jury Returns Guilty Verdict in 'American Sniper' Trial
    http://www.nbcdfw.com/news/local/Closing-Arguments-Begin-in-Eddie-Ray-Routh-Murder-Trial-293918521.html

    Jury finds Eddie Ray Routh guilty in 'American Sniper' case
    http://www.cnn.com/2015/02/24/us/american-sniper-chris-kyle-trial/

    Accused killer of 'American sniper' Chris Kyle acted bizarrely for years, family says
    http://www.cnn.com/2015/02/11/us/eddie-ray-routh-profile-american-sniper/

    What was motive to kill the 'American Sniper?'
    http://www.cnn.com/2015/02/23/us/eddie-ray-routh-american-sniper-motive/
    2015-03-22-3

    事件の発生


    全米を震撼させた事件の発生は2013年2月

    警察はアメリカ、テキサスのグレンローズ(gren rose)にあるリゾート施設ラフクリークロッジ(Rough Creek Lodge)内の射撃場にて死体となったKyle氏とLittlefield氏を発見します。

    彼らは現場にて既に息絶えており、二人には複数の発砲された痕跡が残っていました。

    数時間後、彼らを殺害したとされるEddie Ray Routh氏(当時25歳)を自宅で発見し、殺人容疑で逮捕、起訴されました。

    Routh氏は二人を殺害後、自宅へ戻っており、彼の妹と義理の兄弟に殺害したことを告げていました。

    当局が自宅に到着後、Routh氏は逃亡を試みていましたが、取り押さえられています。


    伝説の狙撃手


    殺害されたKyle氏はかつてネイビー・シールズに所属しており、主に狙撃手として活動していました。

    彼は2003年に始まったイラク戦争にて4回派遣されていますが、その際ラマディやファルージャで大きな功績を残しており、それにより反政府組織からKyle氏の首に懸賞金が賭けられるほどだったようです。

    Kyle氏が殺害した反政府組織の人数は150人以上であると言われており、これは米軍史上最大の人数を記録しています。

    その驚異的な能力により、アメリカ国内では彼のことを「伝説(legend)」と呼んでいましたが、逆に反政府組織はKyle氏を「al Shaitan(悪魔)」と名付けていました。

    軍を除隊した後、Kyle氏は民間軍事会社であるCraft International社を設立しており、そこでは軍、警察、企業や民間の顧客にトレーニングを提供していました。

    しかし、除隊後に彼は心的外傷後ストレス障害(PTSD - Posttraumatic stress disorder)に悩まされており、戦争による影響が彼自身に大きく残っていたことが明らかになっています。

    けれども、症状が改善された後は同じく戦争で大きな傷を負った者のために精力的に活動し、殺害を行ったRouth氏もまた戦争によって精神的な問題を抱えていると考えられていることから、Kyle氏はRouth氏の治療の一環で共に射撃場に行っていました。


    伝説を殺害した男


    二人を殺害したEddie Ray Routh氏は2006年6月から2010年1月までアメリカ海軍に所属しており、2007年にはイラクに派遣され、2010年に発生したハイチの大地震の際にも派遣されています。

    派遣終了後、Routh氏は自宅へと帰還しましたが、数年ぶりに家族が見た彼は以前の彼とは大きく異なっていたようです。

    彼は何も話さずにただぼうっとするだけであり、完全に虚ろな姿へと変わり果て、その後精神安定剤やアルコールに溺れてますます状況は悪化、医師からはPTSDの疑いがあると言われ、しばらくの間入院していました。


    人格障害


    裁判が始まり、Routh氏の弁護士であるTim Moore氏は「Routh氏は偏執病統合失調症に苦しんでいる。」と主張。

    しかし検察は「Routh氏に人格障害は無く、ただの問題を抱えた荒くれ者である。」と述べ、双方の意見は対立していました。

    検察側が用意した法医学心理学者Randall Price博士によるとRouth氏は「マリファナやアルコールの重度使用によって中毒性精神病になった。」と主張していましたが、弁護側のテレル(Terrell)州立病院の精神科医であるMitchell Dunn博士は「精神病は物質誘発性によって発症しない。」と述べ、何らかの精神障害でRouth氏は苦しんでいると話します。

    なお、Routh氏は逮捕後に収容されたイーラス(Erath)郡刑務所の刑務官であるGene Cole氏に「私はずっと妄想型統合失調症になっていました。私は今正気なのか壊れているのか分からない。」と語っています。


    殺害動機


    Cole氏は事件から4ヶ月後、Routh氏から事件についての詳細を聞いたと証言します。

    その時Routh氏は「彼らは私と話をしてくれなかった、だから撃った。私は後部座席に居たので誰とも話していないでしょう。」と述べており、彼らを撃った事を認めています。

    更に彼は「丁度彼らは私を連れて射撃場に向かっていたのでそこで撃ちました。撃ったことについては悪いと思っているけれども、彼らは私と話してくれなかった。」とも供述し、理由として「自分と誰も話してくれなかった。」ことが原因だと言います。

    それに加え、最後に彼は「彼らは私を許しているだろうと確信しています。」とも語っていたようです。

    2013年5月にはRouth氏はニューヨーカー(New Yorker)誌のライターNicholas Schmidle氏との電話インタビューを行っており、記録されたインタビューの一部は裁判のために放送されています。

    そのインタビューによるとRouth氏は「Kyle氏とLittlefield氏が自宅から90分かけて射撃場に向かうことについて悩まされていた。」と話しており、Routh氏は「ネイビー・シールズとKyle氏の友人であるLittlefield氏を信用していない。」と、不快感を覚えていたことを主張していました。

    続けて彼は「朝の臭いがクソのような臭いだった。それは甘いコロンの臭いで私はそれが愛と憎しみの臭いのように感じた。」と話し、続けて電話では「私は空腹でも無いのに、彼らはファストフード店に私を連れて行こうとした。それは奇妙だった。私は彼らが無理やり食事させようとしていたのではないかと感じていました。」とSchmidle氏に語っています。


    判決は仮釈放無しの終身刑


    弁護側は心神喪失による減刑あるいは無罪を主張していましたが、2月末、Routh氏は仮釈放無しの終身刑が言い渡されます。

    Routh氏はその判決文を黙って聴いていましたが、Kyle氏の妻であるTaya Kyle氏はそのまま法廷を離れています。

    陪審員の一人は「これは狂気ではなく、計画された殺人である。」と話し、Routh氏は善悪判断が出来ていたと主張します。

    現在モリス郡ニュージャージー保安官事務所に所属する、元ニュージャージー州警察犯罪現場の専門家であったHoward Ryan氏によると「被害者の両方がその後の移動からそれらを妨げる非常に破壊的な怪我を負っている。」と話しており、更に「二人はいきなり発砲されたことで防御することが出来なかった可能性がある。」と示唆しています。

    Routh氏は「射撃場で発砲する二人を見た時に対決に直面しているように見えた。」などの供述をしていましたが、Ryan氏はそれについて「直面したのならばまず自分を守るはずだが、Routh氏にはそのような動きは無かった可能性がある。」と主張。

    また、被害者二人は極めて短い時間で交互に発砲されており、どちらも頭を含め複数発撃たれていることから明確な殺意があったことも理由として挙げられています。

    なお弁護側はこの判決を不服として控訴しています。


    映画では描かれなかった裏側


    裁判は有罪となり、Routh氏には終身刑が言い渡されましたが、彼もまた戦争による被害者とも言えるでしょう。

    彼は幼い頃から軍人に憧れを抱いており、軍隊に入ることは彼の最大の夢でした。

    高校時代では少々怒りっぽくて荒っぽいやんちゃな青年でしたが、高校卒業直後にアメリカ海軍に入隊しており、入隊当時はまさに立派な男として輝いていました。

    しかし、夢に描いていた軍人の生活は余りにも彼の想像とはかけ離れていたのです。

    海軍入隊後、Routh氏は軍の兵器係に配属されることになりましたが、彼は幼い頃から父と共にハンティングを楽しんでいたことから、まさにうってつけの配属先となっていました。

    けれども、2007年のイラク戦争で彼の人生は大きく狂わせられます。


    イラク派遣


    派遣先では連日恐ろしい迫撃砲の数々に囚人への残酷な扱いなど、彼は戸惑いを隠しきれませんでした。

    更に彼は父との電話の際に「もし僕が子供を殺したらどう思う?」との会話をしていたことが明らかになっています。

    その後彼は一時米国に帰還し、彼の妹であるLauraの結婚式に出席します。

    彼は家族や友人にイラク派遣の出来事を一切語ろうとしていませんでしたが、Routh氏と妹が裏庭にいる時に隣人が釘打ち機を使用した瞬間、彼は突然地面に伏せて「伏せろ!」と大声で叫び始めたのです。

    これを見た家族は、イラク派遣後の彼の変化に気付きました。


    ハイチ派遣


    そして2010年、ハイチで起きた大地震の復興支援のために再び派遣されています。

    道路の端には犠牲者が山のように積み上げられており、それをトラックに黙々と積んでいく生活が待っていました。

    ある日、腹を空かせた子供が彼に食事を求めてきましたが、携帯食は限られているためにRouth氏は軍の命令によって手渡すことが出来ませんでした。

    彼はこのことについて家族に「僕は強かった。少年は食べ物を必要としていたが、僕は与えなかった。」と話しています。

    妹のLauraは狂いかけた彼を見て「彼の形はまだそこにありましたが、私達がいつも知っている彼はそこにはありませんでした。」と語ります。


    徐々に壊れていく息子


    その後Routh氏は除隊しますが、軍に所属していた頃の友人の伝手で武器修理の仕事を始めます。

    しかし、パニック発作を起こして数ヶ月で辞めてしまいました。

    次はいとこから金属関連の仕事を提供してもらって新たな仕事を初めますが、そこは気温が非常に高熱な環境であったことから、Routh氏は熱中症を引き起こして入院してしまいます。

    しばらくして妹が彼の見舞いに訪れますが、そこで彼は「体にサナダムシがいる。」と主張。

    父はRouth氏をダラス退役軍人医療センターに連れて行って診察してもらいましたが、サナダムシの姿は一切発見されませんでした。

    更におかしくなっていく息子の姿に父はなんとかして治療を施そうとしますが、Routh氏は自殺未遂に処方薬の濫用にアルコール依存等、様々な問題を抱えていました。

    そして彼は病院にて入院中、医師の一人がPTSDの疑いがあると想定しています。


    Chris Kyleとの出会いと悪夢


    2013年初め、Routh氏の母親Jodiは米軍伝説の狙撃手であるChris Kyleが精神的に苦しんでいる退役軍人らを支援する活動に取り組んでいるという事を知り、その事をRouth氏に伝えます。

    Kyle氏も彼と同じくPTSDに苦しんでいた過去があるため、それを聞いた彼は喜んでいたとのこと。

    都合の良い事にJodiはKyle氏の子供が通っている小学校で働いていることもあり、簡単に彼に接触して助けを求めることが出来ました。

    その際、Kyle氏はRouth氏の話を聞くと「釣りやハンティング、あるいは射撃場でも連れて行きます。」と話していました。

    射撃は退役軍人にとって共通点であり、共に行うことで次第に心を開いてくれる効果があるとのことで、それは精神科医も認める理に適った方法でした。

    更に「私はあなたの息子を助けるために、できる限りのことをするつもりです。」と親身になって考えていてくれていました。

    「私はとても嬉しかった。」当時を振り返り、Jodi氏は泣き始める程でした。

    しかし2013年2月2日土曜日、誰も予想しなかった悪夢が起こってしまいました。

    ただ、Kyle氏は当日Routh氏がどこかおかしいことに気付いていたようで、同乗していたLittlefield氏に「This dude is straight-up nuts.(この男おかしいぞ)」と供述していたことが発覚しています。

    自身が苦しんでいた病に冒された人物によって殺害されるという、余りにも皮肉な出来事に誰しも驚きを隠せません。


    戦争によって捻じ曲げられた人生


    アメリカンスナイパーでは伝説の狙撃手として活躍しているKyle氏の裏側に、家族や自身の在り方について苦悩する姿が描かれていましたが、映画では描かれなかったRouth氏もまた同じように戦争を通じて多くの葛藤が存在していました。

    犠牲者が犠牲者生むという悲しき現実を目の当たりにした瞬間です。

    なお、2013年にThe New Yorker誌が公開した「In the Crosshairs」という記事では、今回紹介した事件の裏側について、とても詳細に記述されています。

    海外誌であるため、全て英語となってしまいますが、翻訳してでも読む価値は十分にあると思われます。

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